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バッハ全集とバッハ作品番号等


 今回はバッハの死後、バッハの作品がどのような形で世間に伝えられて来たかという点と、今までのバッハシリーズでも時々BWVという作品番号を使って着ましたが、このシステム、この番号で整理した時にバッハはどれだけの作品を書いたかという点について書いてみたいと思います。

1.バッハ全集

(1) 旧バッハ全集
 バッハの生きた18世紀頃では、楽譜が出版されるということはまれで、出版されたとしてもまだ印刷技術が確立されておらず、筆写によるしかなかったという事実をまず認識しておく必要がある。
 そういう時代環境の下では数多いバッハの作品の中で出版されたものは極く限られたもので、鍵盤楽器の作品が中心であった。
 19世紀中頃になって、メンデルスゾーンのマタイ受難曲の復活演奏に象徴されるように、バッハの作品が見直されるようになり、没後100年にあたる1850年にバッハ協会が設立され、バッハの全作品を出版するという事業が開始された。なお、この事業にはメンデルスゾーンやシューマン等我々にも馴染みのある作曲家も参画している。
 この事業により出版された全集は、後に再度全集が編纂されたため、今では「旧バッハ全集」と呼ばれている。この全集はバッハの作品を広く世に知らしめて演奏出来る形にする事に力点が置かれたため、真偽やどれがオリジナルか等の資料考証は必ずしも充分ではなかったといわれている。
 結局、この全集は50年かかって1899年に最終稿が書かれて1900年に出版されてその目的を達成した。
(2) 新バッハ全集
 旧バッハ全集が完成したその年、新バッハ協会が設立された。この協会は旧バッハ全集完結後もバッハに関する研究成果を世に広めるため、バッハ年鑑を毎年発行する事とし、これに加えて、旧バッハ全集から漏れた作品や発刊後の研究成果により校訂が必要となった作品を出版することを目的とした。
 旧バッハ全集の完成を機にバッハに関する研究が盛んになったがこの間、2度の世界大戦による苦難も経験したが、かのシュバイツァーの著作を始め、数多くの歴史に残る成果が積み上げられてきた。
 没後200年の1950年になって、戦後の混乱が収まってきた事や、旧バッハ全集が完結してから50年が過ぎて入手が難しくなってきた事等から再び全集を発刊する事が企画された。これが「新バッハ全集」と呼ばれているものである。
 今回の全集では徹底した資料の考証を行う事を前提として事業が進められた。即ち、旧全集では自筆の総譜やバッハが使用していたパート譜が存在していればそれを正としていたが、新バッハ全集では当該の作品を伝承する全ての資料を比較・調査することとしており、資料間で、どれが親で、どれが子供、孫に当たるのか等を厳密に調べ、さらには筆写段階での誤り等の修正を加えて漸く1曲の出版に漕ぎ着けるという非常に緻密な作業が行われている。このため、当初6年間で事業を完結させることを目標にスターとした新全集の出版事業であったが、遥かに長期間がかかり、2000年に至って漸く完成した。
 現在我々がロ短調ミサ曲で使用している楽譜も新バッハ全集のものであるが、ロ短調ミサ曲については新バッハ全集の早い段階で校訂作業が行われたため、校訂内容について批判が強い。というのは、ロ短調ミサ曲の校訂に当たったスメントという学者は、ロ短調ミサ曲というまとまった曲は存在せず、「キリエとグローリア」、「ニケア信教(クレド)」、「サンクトゥス」、「オザンナ、ベネディクトゥス、オザンナ、アニュス・デイ」という4つに分かれた作品を、後世の人がカソリックの様式に合わせて1曲の通作のミサ曲と誤解したのだという立場をとっていることによる。我々が使っているベーレンライター版の楽譜でもオーケストラスコアには前書きがついており、スメントの校訂報告として先の主旨の事がかかれている。(なお、音楽の友社から出ているポケットスコアはベーレンライター版によっているため、この主旨の前書きがついている。)
 この点について、最近では他の資料等との比較考証等から、やはりバッハは一貫した構想の下に通作のミサ曲を書いたのだという説が有力になっており、スメントの校訂は資料の考察が不十分であったといわれている。

2. 作品番号(BWV)
 バッハの作品番号は、BWVという番号が広く使われている。これは、Bach-Werke-Verzeichnisの略で、音楽学者ヴァルフガング・シュミーダーが第2次世界大戦の前から手を着け、戦災で原稿が焼ける等の苦難も乗り越え、1958年に「バッハ作品主題目録」として出版したもので、比較的新しいものである。
 この種の作品番号としてはモーツァルトのケッヘル番号が有名であるが、こちらはモーツァルトの死(1792年)後、間も無い1800年頃から出版されたものである。ケッヘル番号とBWV番号を比較した大きな差は、ケッヘル番号が作曲順に付番するという方針で整理されているのに対し、BWV番号はジャンル毎に整理されている事である。また、同一のジャンルの中での番号も作曲順ではないので、番号を見ただけではどの時代の作品かの判断は出来ない形になっている。
 以下に、どのようなジャンル分けがされ、どの程度の曲数があるのかを紹介する。

(1) カンタータ
 大まかにいうと1番から200番近辺までが教会カンタータで、200番近くから216番までが世俗カンタータといえる。しかし、もともと教会カンタータと世俗カンタータの区別は厳密なものではなく、特に200番近辺では交錯している。
 番号から見て分かるとおり、カンタータとして現存しているのは約220曲ということになる。また、こういう番号の付け方なので、カンタータ第○○番という言い方と、BWV○○番という時の番号は一致している。これはカンタータだけの特徴である。
(2) ミサ曲、受難曲等
 BWV225〜231が無伴奏のモテット。(ただし、実際の演奏では各声部をなぞったともいわれている。)
 BWV232が「ロ短調ミサ曲」。
 BWV233〜242まで、キリエとグローリアだけのミサ・ブレヴィスや、単独に作曲されたサンクトゥスが並んでいて、BWV243がマニフィカート。
 BWV244からは受難曲となり、244が「マタイ受難曲」、245が「ヨハネ受難曲」である。248はクリスマス・オラトリオで、この曲は6曲のカンタータの集合体ではあるがBWV番号は6曲を一まとめにして一つの番号が与えられている。
(3) その他の声楽曲
 BWV250番からコラールが並んでいる。これはルター派の賛美歌を合唱用に編曲したもの。非常に数が多く、BWV438番まで190曲ほどある。その後439番から507番までは「シュメッリ歌曲集」と呼ばれる独唱用歌曲が、そして、508番から518番までは「アンナ・マグダレーナ・バッハのための音楽手帳第2巻」に含まれる声楽曲が並んでいる。
 その後、BWV519から523が偽作の疑いのある「五つの宗教歌曲」があり、声楽曲の最後のBWV524は、断片ではあるが「クォドリベット」と呼ばれる声楽曲。これは定期的にバッハ一族が集まって騒いだ時に歌われたものであろうといわれているもので、内容的には宗教的な内容や時事的な内容等々ごちゃ混ぜ(=クォドリベット)になっており、ある意味では非常に面白いものである。
 ここまでがいわゆる声楽曲で大小取り混ぜて約520曲が残っているということになる。
(4) オルガン曲
 BWV525番から器楽曲が始まり、その冒頭はオルガン曲である。
 オルガン曲にはトッカータとフーガのように結構長い曲もあるが、先の声楽曲に挙げたコラールをオルガン用に編曲した曲も多い。BWV525番から771番までが続き番号でオルガン曲である。他に、最近になってオルガン用の曲であったということが判明したものがBWV1085、1090〜1120の計32曲ある。
(5) クラヴィーア曲
 クラヴィーア曲のトップは御馴染みの「インヴェンションとシンフォニア」で、BWV772から始まっている。この後、平均率曲集、フランス組曲、イギリス組曲、イタリア協奏曲等々著名な曲を含んで、長男の練習を目的として作曲したBWV994番の「運指練習曲」まで続く。
(6) 室内楽曲
 BWV995から室内楽曲が始まる。ざっと列挙すると、リュート組曲、無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ、オブリガート・チェンバロとヴァイオリンのための6つのソナタ、無伴奏チェロ組曲、フルートと通奏低音のためのソナタ等が含まれ、BWV1040まである。
(7) 管弦楽曲
 一連の協奏曲が含まれる。主なものは、ヴァイオリン協奏曲がBWV1041〜1043、ブランデンブルグ協奏曲がBWV1046〜1051、チェンバロ協奏曲が沢山有ってBWV1051〜1065、管弦楽組曲がBWV1066〜1070等である。
(8) カノン、《音楽の捧げもの》、《フーガの技法》
 楽器編成の点からみると色々なものが含まれているが、バッハの対位法の総仕上げのようなものがまとめられている。
 BWV1072〜1078と1086、1087に小品のカノンが並んでおり、BWV1079が《音楽の捧げもの》、BWV1080が《フーガの技法》である。
 以上、やや羅列的になり読んでいただいた方は退屈されたかもしれませんが、まとめると現在残っているものは約1200曲あり、そのほぼ半分弱が声楽曲ということになります。冒頭にも書きましたように、バッハの時代は基本的には手書きの楽譜を必要に応じて手で書き写して用いていたのと、モーツァルト等と違って作曲者自身が作品目録を残していないので、実際に作曲されたものがどれだけ有って、そのうちどれだけが残っているのか確かなことは言えないのが実態です。バッハという作曲家のイメージを掴むのに参考になれば幸いです。
(Bass 百々 隆)
参考文献
  1. 「バッハ事典」 磯山雅、小林義武他編著、1996年、東京書籍
  2. 「クラシック音楽作品名事典」 井上和男編著、1981年、三省堂
  3. 「バッハ=魂のエバンゲリスト」 磯山雅著、東京書籍(株)

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